「いい写真を撮るために頑張って登りましょう。」
カメラマンの言葉に微塵の迷いもなく快諾し、当日を迎えた。

山登りは実に10年ぶり。
つまり最後に山に登った時は、10歳若かったということだ。

起床、午前3時。
4時きっかりにお迎え到着のケータイ電話が鳴った。

現地に着くと、星が一面に広がっていた。
空気は冷たいが、防寒にしっかり備えてきたので、頭の芯から目覚める気分で爽快だった。
標高900メートルほどの宝満山は、都市近郊にある割と低めの山だ。
しかし、岩山で案外ハードだと事前に聞いていた。

あたりは真っ暗。
ライトを照らしながら登頂を始めた。

一体どんな山を登っているのか前方も見えず、ただ足元を照らすライトだけを頼りに登る山は、岩しか見えず、暗いということもあり余計に神経を使っているのか、吐き気を催してくるようなきつさだ。

撮影のために準備した荷物の重さが鉛のように感じる。
次は右に曲がるのか、直進するのか全く見えない。
転ぶにしても見えないところでは転びたくない。
先が見えないということが、こんなにきついものなのか。
まるで人の生きる道だ。

この道は必ず頂きへと通じている道なのだと信じなければ、進む気にはなれない。
とりあえず今は、足元をしっかり見て進め。
日の出が近づくと、周囲が見えてくる。
周囲の景色が見えてくると少しは気分も紛れるだろう。

朝陽が昇った頃の山頂での太陽光を使うために、逆算して真っ暗な時間から登り始めたのだ。
秋のイベントに使いたい写真のイメージをカメラマンに伝えると、ロケ地を提案してくれスケジューリングしてくれた。

私たちはまだ撮影してない写真が既に見えるから、岩山を登っているのだ。

八合目。
30度を切っているのではないかと思うほどの立ち上がった傾斜で、ひとつひとつの岩もだんだん大きくなっていき、ちょっとしたロッククライミングの勢いだった。

山頂に到着すると、それまでのきつさは吹っ飛んだ。
どんなに辛かったとしても、一瞬にして忘れてしまう。
その充足感は山に登ったことのある人なら、誰しも知っているだろう。
魔物のような魅力が頂上には棲んでいる。

撮影を始めてしばらくすると突然がやがやとにぎやかになってきた。
団体が登頂してきたのだ。

団体の中のひとりの男性がにこにこしながら話しかけて来た。

「今日はね、サンゼンカイのメンバーのお祝いなんだ。」
「サンゼンカイ?ですか?」
「そう、15年でこの山に3000回登った記念の写真撮影を今からするんだ。
中には5000回登った人もいるんだよ。
私は、1年で360回登りましたよ。全く、他にすることないのか!って感じでしょ。」
自嘲気味な言葉とは裏腹に、明るく爽やかな笑い声が山頂に響いた。

3000回。
驚いた。
メンバーは私の両親と同じくらいの男女ばかりだった。


私たちが撮影を無事終えて下山する頃には、これから登る多くの人たちとすれ違った。
やたらに多い荷物を抱えているカメラマンと私は、山頂でもそうだったように、いろんな人たちに声をかけられた。

「植物の研究をしているの?」
「うわあ~びっくりした!赤ちゃんを背負ってるかと思った。一体何の荷物をそんなに背負ってるの?」
「いいカメラだ!あなたプロのカメラマンだね。」
「写真かあ、目的のある山登りはいいね。ぼくなんか毎日ただ登って降りてくるだけ。」
そう言って豊富な経験を通して、山登りのコツを話してくださった72歳だという男性は、足元は地下足袋で、まるで山伏のようにまさに飛ぶようにしてかけ下りて行った。

話しかけてくるのは、不思議と年配の山ツウの人たちばかりだった。

3000回のメンバー。
地下足袋の72歳山伏。

なんだか、70代ってとてつもなく元気だ!
みんな、自分よりも長生きするかもしれない。
本気でそう思った。

しかし、みなさんとてもいい表情をしていた。
目標を持つことは、たとえどんなことであっても人に活力を与えるのだろう。
便利なものを手放し身軽に手ぶらで自然の中に身を置くこと。
これはとても大切だと思えた。
今を便利に手っ取り早く生きている私たちは、それを故意的にやらなければ、人間の本来持っている能力がどんどん退化していくのではないかと思えた。
ふと、映画「猿の惑星」が頭の中をよぎった。
このままいくと、SFだった話が現実になる日も遠くないのでは。



宝満山。
とても縁起のいい名前です。
山のいっちばん高い所。
ご覧のとうり、そこも岩だったのです。